1999年より研修講師として活動し、これまで延べ5万名以上に直接指導してきたという長谷川孝幸さん。年間登壇回数は200回以上、講演満足度96%以上の実績を誇ります。しかし若い時は、いわゆる「できない会社員」だったそう。そんな長谷川さんがどのようにして『ササるプレゼン』のスタイルを確立してきたのか、プレゼンの歴史概説やウィズコロナ時代の動向もあわせて、お話を伺いました。

■日本でプレゼンが一般化してきた背景

――今では「プレゼン」はビジネスシーンのみならず、テレビ番組や教育現場などでも耳にする言葉ですが、日本でプレゼンという言葉が認知されるようになったのは、いつ頃のことなのでしょうか?

人の心を動かす伝え方は、ソクラテスやプラトンとか、いわゆるギリシア哲学の時代から「話法」という伝え方がありました。言葉を組み立てて、どうにかこうにか相手に理詰めでもっていくというのが、大昔から伝えられてきた考え方だったのです。 「理詰めの話法」は日本にもあったわけですが、1990年代になってから日本では「プレゼン」(※)という言葉が一般化したと思われます。これには3つ背景があります。
※長谷川さんの意向として、本記事では「プレゼン」という言葉を用いています。元々は「プレゼンテーション」が正式な名称ですが、「パーソナルコンピューター」が日本においては「パソコン」として定着したように、「プレゼン」という言葉が一層定着し、万人に身近なものとして捉えられることを願っているからです。

1つめは、当時は物質的に豊かになった時代ですので、商品を購入してもらうためには「このモノは良いんです」とただ言うだけではなくて、「その気にさせる」ことが必要になってきたということ。

2つめは、情報化の進展によりパソコンが普及しはじめた頃ですから、あらゆる情報が入ってくるようになりました。そうなると単に情報伝達というだけでは、人の心を動かしにくくなってきます。もう少し言い方・伝え方を工夫しなくてはいけなくなってきたのが、90年代特に後半以降ではないかと思います。

3つめは、心理学的なアプローチが世界的に盛んになりました。昔からあった心理学が、学問としてのみならず一般の人に認知されるようになってきたのです。科学的な手法や心理学的アプローチが強く認識されたのが90年代。日本では特に90年代後半以降になって、やはりその影響が強くなってきたと思われます。

――日本ではその頃から商談のスタイルなども変わってきたのでしょうか?

商談のやり方が変わってきたのは、バブル前・バブル後を境にということになります。

「とにかく買ってください! 安いんです! 良いんです! 使ってください」という商談から、「あなた方にとってこのようにお得になります!」というように、「お得になる」、「価値がある」ということを前面に押し出すようになったのが、やはり90年代後半かなと思います。

以前のやり方の人たちが段々と引退するようになってきて、理屈と情をバランスよく盛り込んだプレゼン手法が重視されるようになったのが、この10年くらいではないでしょうか。

■歳を取って過去の自分に反省した

――長谷川さんご自身は99年から研修講師として活動し、年間200回以上登壇されていてプレゼンの機会が極めて多いわけですが、そもそも「プレゼンも教える講師」となられたキッカケを教えてください。

私は20代の時、「できない会社員」だったわけです。「売れない営業」「書けないリサーチャー」「市場を読めないマーケッター」などいろいろと言われました。また身体を壊してしまい、自分は会社員として失敗した人間だと感じていたのです。
そんな中で、自分みたいなつまらないつまずきをする人が、世の中から1人でも減ってくれたら良いなと思っていたところで、研修業界に縁があり、「プレゼン手法で教える講師」という切り口で登壇させていただくようになって、「こうやると成功します」というよりも「こういう失敗はしないほうが良いんじゃないですか」というようなことを主にお伝えしてきました。

――それにしても「売れない営業」などそこまでのキャッチフレーズを付けられてしまうなんて意外でした。長谷川さんがまだ駆け出しだった当時のことなど、失敗エピソードがあれば教えてください。

研修講師になりたてのまだ27~28歳の頃でしょうか。その頃ですと、やっぱり教科書的なこと、無難なことや通り一遍のことを、とにかく伝えるということがメインだったわけです。それはある程度できたのですが、若い頃は年上の人の感覚もよくわからなかったので、ピントがズレたことを言っていたかなと思います。
30前の私が50代の管理職とかに叱られましたよ。
「だからあなたは老害って言われるんです!」とか言っていましたから(笑)
後になって「この相手にあれは適切だったのだろうか」「あの場面でこの言い方で良かったんだろうか」と、歳を取ってからわーっと思い出しまして、すごく恥ずかしいとか申し訳ない気持ちになり。今の自分だったらもう少し相手にフィットするように、違った言い方で上手く言えるんじゃないかなという気がします。

――まさに若さゆえのエピソードですね。長谷川さんはさらに「ほめ達!」(※)の特別認定講師としての活動もされていますが、こちらはどのようなキッカケがあったのでしょうか? (※)一般社団法人日本ほめる達人協会。あらゆるものから価値を発見できる「ほめる達人」を輩出することを目的とし、自殺を防止し、笑顔のあふれる社会を目指して2011年10月に設立される。公式サイト https://www.hometatsu.jp/

研修ですから、正しいことを伝える。それから、すべきではないことはこうだと指摘しますので、一方的あるいは高圧的になるということが、どうしても傾向としてあるわけです。上手にやっている先生は上手にやっていますが、私の場合「であるべきである」とか「してはならない」というような決めつけ型のトレーニングをけっこう続けてきていて、それはそれでニーズはありますが、それだけではこれからの人には役に立たないのかなと。もう1つの需要を喚起する意味でも、相手を尊重するということをメインにアプローチできるようになりたいと思ったのが、40歳を過ぎてからでした。それから「ほめる」ということを基軸にも置いたわけです。

■聴き手にササるまでに10年かかった

――そこから「ササるプレゼン」のスタイルを確立するまでに、どのような試行錯誤があったのでしょうか?

若い頃はですね、「クライアントからクレームが来ないように話す」という意識が先行してしまい、「そつなくこなす」、「失敗しない」ということに主眼がいっていました。本当にそれが聴き手にササるかどうかとか、聴き手に役に立つかどうかというよりも、とりあえずテーマとして与えられたことについて外れなく話す、ということをずっとやってきたわけです。

ところが、私が自分自身の話を聴いて面白いのか、といったことを思い返すようになりました。「俺の話を聴くくらいだったら、良い本をきちんと読んだほうが勉強になる」とも思うようになったのです。

それなら話し方を変えなくてはいけない。どう変えるかといったら、私は「わかりにくい話」、「長い話」、「何が言いたいの?」っていう話が一番嫌いなのですが、それを止めようと思ったのです。とにかく「わかりやすい」ということをフィーチャーしてやっていこうと。
それを割り切れるようになってから、今の話し方になってきました。でも10年かかりましたよ。40過ぎていました。そう決心できるようになってから。

――「失敗をしない」ということが独立時のキーワードになっていて、本書(※)でも大きく掲げているわけですが、その軸はブレがなくずっと長谷川さんの中で続いてきた、一番重要なポイントだったのでしょうか?
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お客様に迷惑をかけない、これは対クライアント様でもそうですし、間にエージェント様が入っている場合には、「あれ(長谷川)をよこして困った」って言われたら困っちゃいますよね。やっぱり失敗するっていうのは、上手にできた・できなかったというよりも、お客様や聴き手が不満であるということです。
多少グズグズになっても、それでもお客様が「よくわかりましたよ!」って言ってくれれば、それは成功だと。

ところが、その割り切りをできていない人が結構いるかな、という気はしていますね。
何でも結果オーライとして甘く見てはいけないですけど、一言一句間違いないようにということに縛られ過ぎて、棒読みになってしまったり、スライドを少し間違えていただけでオロオロしてしまったりとか、かえって本末転倒になってしまうおそれがあります。
「失敗しない」というのが主眼ではありますが、それよりも「わかりやすいということを優先」にしたほうが良いのかなと思います。

■人が多ければ多いほどテンションが上がる

――長谷川さんは学生時代、落語研究会にいらっしゃったというバックボーンもありますが、プレゼンでのトークにも落研の経験が活かされていると思われますか?

まず落語とか講談っていうのは、基本的に台本通りやります。台本通りから外れるというのは、よろしくないとされています。同じ台本を読めばみんな上手かというと、売れっ子もいればそうでない人もいます。筋を崩さずに筋を崩すみたいな、「守破離」(※)といいますが、守は守って破と離をおそれないということでしょうかね。
(※)剣道や茶道などで、修業における段階を示したもの。「守」は、師や流派の教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階。「破」は、他の師や流派の教えについても考え、良いものを取り入れ、心技を発展させる段階。「離」は、一つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階。 出典:デジタル大辞泉(小学館)

落語の経験は活きました。なにしろ良かったのが、人前に出る時にオロオロしなくなりました。

私の場合これはある意味「変態」かもしれませんけど、人が多ければ多いほど興奮します。逆にマンツーマンが一番緊張しますね。私の周りでも、「セミナーは平気なんだけど、面談は緊張するよね」という人が結構います。多分、緊張の方向性が違う人なんだと思います。逆に面談でじっくり話せるような人を尊敬してしまいます(笑)

――人数が多いほど緊張してしまう人の方が多いのではと思います(笑)。本番では緊張はしないのでしょうか?

私は人前で話す度胸があるというよりも、「人前で話すことに緊張しなくなった」ということがあります。「舞台慣れ」ということと一緒だと思います。
自分の独演会とかだといいんですけども、私が出演しているDAF(※)なんかは緊張しますね。プレゼンターが複数いるような場では、自分がつまずくと周りの人のパフォーマンスも下げてしまい、人様に迷惑をかけられないという意味では緊張します。私自身の評価で済むものであれば緊張しません。
オンラインでも私のみのライブ配信は緊張しませんが、人と一緒にやるライブ配信では緊張してしまいます(笑)
※イベントプロデューサーの西澤一浩さんが2016年から定期開催しているドランク・アカデミー・フェス(DAF)は、「各分野の専門家が入れ替わり立ち替わり登壇し、10分間でワンメッセージを伝えて下がる」というセミナーイベント。